wonderteaのまとめ置き場

読書関係で気になったことを調べてまとめています。SF・ミステリ・眉村卓など。時々二次創作。

先住者文書解読記録

<二次創作目次に戻る>

輸送船の発進が始まってしばらく経ったころ、先住者の住居を一体のロボットが訪ねていた。LQ9は坂道を登ってゆき、たどりついた入口から中に声をかけた。

「こんにちは。何か私にご用とか」

LQ9は定期的にこのミルル地区を訪問しているロボット官僚で、この移転計画以前から先住者たちと顔なじみである。今回は別の連絡ロボットを通じて呼び出しがあったのだ。

「お呼びだてしてすみませんな、ロボットのお役人。あなたがたにお渡ししたいと考えているものがありまして」

先住者の高位にある一人が書物の束を持ち出してきた。かなりの年月が経っているように見える。

「ずいぶん古いものですね」
「これは我々に伝わる伝承を書き記したものです。大元はわかりませんが、写本で伝えられるところからでも600レーン以上昔のもので、用紙を見分してもらえばはっきりするでしょう。1箇所からでは不十分でしたら他の地区にも同じものがあります」

そういうものがあれば収集するように、という命令が出ていた。

「それは上司が喜ぶと思います。ありがたく受け取ります」
「今の文字とは違っていますから、読み下してさしあげましょう。あなたなら聞いたものを記録して持ち帰ることができるでしょうから」

LQ9は下位とはいえLQ1桁系にあるロボットで、それくらいのことは簡単なのであった。科学センターの調査を手伝ったこともある。

勧めに応じてLQ9は住居にあがりこんだ。すぐに若い先住者の一人が出てきて、文書の読み上げが始まる。
LQ9は読み上げる声と同時に、その文面も映像で記録した。現物より先にデータを送信するつもりだ。
先住者の言語は以前から研究されており、人間の研究者とロボットによる蓄積がある。この音声と文をこれまで収集された語彙の歴史的変遷と照合すればよい。SQ1なら内容はすぐに分析できるであろうと思われた。

朗読が終わり、データ処理を終えたLQ9は言った。

「正確なことは司政庁の分析を待たないとわかりませんが、もはやあなたがたは……」
「そういうことです。昔から決まっていた定めなのです。これで司政官にも納得いただけるとよいのですが」

先住者との付き合いが長いLQ9にはわかった。かれらが他の惑星へ退避するつもりがないことを。しかし人間の司政官やSQ1を納得させるには証拠となるものが必要なのだ。


それから――長いようで短い日々が過ぎた。他の地区担当ロボットも同じ文書を確認した。海底からは3000レーン以上前と推定される遺物が発見された。それらも総合すると、文書に書かれた古代文明が存在し滅んだことは確実のようだ。
司政官自身も何度かこの地区を訪れ、得るところがあったらしい。先住者が他の世界に移転することはないと結論が出ていた。

「何かご用は……なさそうですね」

とくに仕事があるわけではないが、今もたびたびLQ9はこの住居にやってくる。人間たちはかなりの数が旅立ち、かつて古文書を手渡してくれた先住者も、天に帰った。

「そのようですね」
「われわれロボットは残ります。もともと他の世界に行くことはできないのです。他の太陽の元で生きられないあなたがたと同じで」

相手をするのはあの文書を読み上げてくれた若い先住者だ。先住者も残り少なくなっている。太陽の変化とともに一種の……ロボットには感知できない存在になってゆくのだ。

「近ごろはこの光景を少しでも記録に残したいという衝動にかられます」

坂の上の住居から宙港方面を眺めながらLQ9は記録機能を起動した。直接には見えなくとも上空には毎日、宙港に発着する船が行き交っているはずだ。

「どうぞ、よろしいように。物質としての私たちの遺産は残らないかもしれません」
「かまいません。われわれは機能を停止するまでできる仕事を続けるだけです」

かれらは輸送船の残した軌跡を見上げながら佇んでいた。日暮れ前の太陽はまだ、輝いている。

−−−−
最後に残るロボットと先住者が空を見上げる、というところが描きたかった話。

本文によると徴税チームにLQ系上位が引き抜かれたので辺境業務はそれより下位のロボットが埋めていることになっている。ミルル地区は元々それほど上級でないロボットがいて引き続き同じ担当者だということで。

(初稿:2020/02/12)